第9話 天凱の気持ち -2-

「彰星。彼は巳影みかげ勇蔵。俺の大学時代の同輩だ」
「そうなんですね。彰星と申します、よろしくお願い致します」
 慌てて頭を下げた俺を見て、勇蔵さんがくすりと笑う。
「一ノ瀬堂三代目の座に胡坐をかいて、相変わらずの男遊びか。羨ましい限りだぜ」
「人生短けえからな、好きなことは何でもしておくってのが俺の信条なのさ」
「人の娯楽に口出しする気はないが、昼間っから前帯の少年とイチャつくのはどうなんだ。お前ならわざわざ金を払わなくても、可愛い少年がいくらでも寄ってくるだろう」
「………」
 娯楽。前帯。勇蔵さんの何気ない言葉がちくちくと胸に刺さり、俺は何も言えずに俯いた。

「いいや」
 そんな俺の肩を堂々と抱いて、天凱さんが笑う。
「俺という男を理解し尽くしてくれるのは彰星だけさ。俺はコイツに惚れてんだ。恋路園というせっかくの場所で、人の恋路を邪魔するような言動は止めてくれや」
「天凱さん、……」
 焦りと嬉しさとがいっぺんにこみ上げてきて、どんな顔をしたら良いのか分からなくなる。
 客と男遊という関係の中で敢えて触れてこなかった「恋心」の部分。はっきり口にしてくれた天凱さんの気持ちが、俺の胸から全身に沁み渡って行く。

 そんな俺達をつまらなそうな目で見ながら、勇蔵さんが言った。
「そりゃあまた、お熱いことで……」
「お前はどうしてこんな場所にいるんだ? 見たところ一人で来ているようだが」
「俺はボート屋の主人に用事があってな。もう帰る所なんだが、良かったら飯でも付き合わないか……って、来る訳ないか」
「悪いな。また日を改めて誘ってくれ」

 来た時と同じように手を振って去って行った勇蔵さんの後ろ姿を見つめながら、俺は天凱さんに呟いた。
「……あんまり俺のことを良く思ってらっしゃらないようです。すみません、天凱さん」
「気にするな。言いたい奴には言わせておけばいいんだ」
 さあ仕切り直しだ、と天凱さんが俺の手を引いてボート小屋へと歩き出す。
「さっき言った俺の気持ちは本当だぞ」
「………」

 ──俺はコイツに惚れてんだ。
 他にはもう何も要らないと思えるほど、俺にとって最高の言葉。嬉しくて笑ってしまう俺を見た天凱さんが、珍しく照れ臭そうに鼻の頭をかいてそっぽを向いている。見上げたその顔は耳まで真っ赤だった。

 お客さんが男遊やお女郎に惚れるのは誰も咎めない。馬鹿だなぁと思われるだけだ。
 だけど、男遊がお客さんに惚れるのは……特に天凱さんのような有名な店の若旦那に惚れたとなると、「身の程知らずの昼行灯」と言われてしまう。

 ──身の程知らずでも、人を好きになるのってきっと悪いことじゃない。

「気を付けて乗れよ彰星。落ちたら風邪ひくからな」
「は、はい」
 遊廓とは男性が一夜の夢を見にくる所。嘘で固められた夢を求めてくる所。
 逆に男遊が夢を見てしまうなんて滑稽な話だけど、どうしても俺は天凱さんが嘘をつくような人だとは思えなかった。