第7話 風雅の心 -8-

「………」
「頭冷えたか」
「……ごめんなさい、お義父さん。頭に血が上って、よりによって柳来さんがいる前で……」

 俺は見ていないけれどあの後風雅さんが泣き崩れてしまって、宴席どころではなくなってしまったそうだ。俺は醜態を晒しただけでなく、今夜一晩の皆の揚げ代・花代もぶち壊しにしてしまったのだ。

「どんなお仕置きも受けます。覚悟してます」
 俺が連れて来られたのは、普段男遊が入ることはない楼主であるお義父さんの部屋だった。

「本来ならそうする所だが、……なにせ他の男遊達がお前を許してやれってうるさくてなァ。彰星を折檻するなら自分も受けるって、雷童や小椿が喚いてるンだわ。果てはお前らのこと可愛がってる飯炊きの女中達も騒ぎ出してな」
「………」
「あたしらあの子達全員を息子と思って飯作ってます。息子が罰を受けるなら母親のあたしらも罰して下さい、なんて言われちまったら……まァ、今回は大目に見てやるって気になるのも仕方ねェだろ。ただし次はねェぞ彰星。またお客さんの前であんな風に喚いたら、今度は布団部屋にぶち込むからな」
「ありがとうございます……!」

 俺は畳に額が擦れるほど頭を下げ、お義父さんに何度も礼を言った。

「だが、……良く言った」
「お義父さん……」
「俺の立場としては複雑だがな」

 苦笑して、お義父さんが部屋の襖を開ける。
「ほれ、顔でも洗ってしわくちゃのキモノを整えて来い。総揚げがなくなったから、一ノ瀬の若が来てくれるって話だぞ」
「……柳来の旦那さんと風雅さんに、謝りに行ってもいいですか」
「今なら、……少しだけならな」

 お義父さんの部屋を出た俺は、自分の部屋へ戻る前に真っ直ぐ風雅さん専用の客間へと向かった。どうしても今すぐ詫びをいれたかった。

「………」
 襖の前で小さく深呼吸をする俺の耳に、中から風雅さんの声が聞こえてくる。

「俺って可愛くねえだろ、節様。あんなのお愛想笑いで無視しとけば良かったのに……彰星泣かせて、あんなこと言わせて、酷でぇ男だろ」
「そんなことないさ、風雅。お前も彰星も怒って当然じゃないか。本当なら俺が言ってやれば良かったんだ。お前の気持ちを守れなくて済まない」
「あんたそう言って、いつも俺に優しくしてくれるけどよ」

 柳来さんの前ではいつだって丁寧に喋っていた風雅さんが……今はそんな余裕もないのだろう、いつもの彼に戻っていた。

「自分で自分が許せねえんだ。武次に悪気はないって知ってるのに、同じ町で生まれて育ったのに、何で俺だけって……そんなことあんたの隣で考えちまう自分に、腹が立って仕方ねえんだよ」
「風雅」
「あんただって本当はもっと可愛い男遊を抱きてえだろ。俺はいつも見栄っ張りで、素直じゃねえし……あんたにも意地の悪いことばかり言って、困らせて……。俺が客の立場でも、こんな可愛くねえ男なんかお断りだ」

 襖越しに見えないけれど、俺の網膜には二人の姿が浮かんでいる。頭を抱えて項垂れる風雅さんと、その横に寄り添って彼の肩を抱く柳来さんの姿が。

「……俺なんか見切りつけて、違う男遊に乗り換えたって文句はねえよ。雷童や彰星、銀月に……可愛い奴は大勢いる」
「そうだなぁ」
 柳来さんが苦笑し、自分の顎を撫でて言った。
「あの男遊は何といったか。あれは可愛いよなぁ」
「………」
「負けん気が強くて、いつもつまらなそうな目で、そのくせ優しくしないとすぐに拗ねる。新しいキモノ着て、顔赤くさせながらわざわざ店に来てくれる……あの青くて美しい髪の」

 頭の中の風雅さんの目に、涙が浮かぶ。

「そうだ。……可愛い可愛い、俺の風雅だ」
「う、……うう……」
 風雅さんのすすり泣きがはっきり聞こえてきて、俺は何も言わずに襖の前から立ち去った。

 今日も星が光っている。
 あの星一つ一つが俺達なのだと言ってくれた、あの言葉。

「彰星さーん、一ノ瀬堂の若さんが来ましたよー!」
「……はあい! 今行きます!」

 涙の粒にも似た星達の光が、今日だけはどうか風雅兄さんの心を包み癒してくれますように。

 第7話・終