第6話 寿輪楼夜話 -2-

 そんな小椿さんがコホンと一つ咳をし──低い声で第一話の題名を言った。
「……『のっぺらぼう』」
 その一言で俺は全てを理解した。あの表紙に書かれていた本の題名は、「弥代怪談」だ。
「っ……!」
 俺は咄嗟に、隣に座っていた風雅さんの腕にしがみついた。

「……生暖かい風が柳を揺らすその夜、留吉とめきちという男が提灯片手に家路を急いでおった。すると柳の木の下に、一人の女がしゃがんで泣いているではないか」

 もし、お嬢さんどうしましたかね。
 留吉が声をかけても女はすすり泣くばかりで、訳を話そうとはしない。
 お困りなら手を貸しますよ。お嬢さん、顔をお上げなさいな。
 すると女が音もなく立ち上がり留吉を振り返ったその時、

「ギイイヤアァァ──ッ!」
「ひっ……! こ、小椿さんいきなり叫ばないで下さいよおぉ!」

 何と女は目も鼻も口もない、のっぺらぼうだったのだ。留吉は提灯を落としたことにも気付かずに、ほうほうの体で逃げ出した!

「はぁ、はぁ……あの女、一体何だったんじゃ……!」
 息を切らした留吉がふと前を向くと……そこには明かりの灯った蕎麦屋の屋台があるではないか。
 これは助かったとばかりに駆け込んだ留吉は、今しがた目にした女の話を店主に言って聞かせた。

 ははあ、お客さん。

 するとこちらに背中を向けて仕込みをしていた蕎麦屋の店主、おもむろに留吉を振り返り──

 その女の顔ってぇのは、こんな顔じゃありやせんでしたかねえ……?

「ギイイヤアァァ──ッ!」
「だ、だからいきなり大声出さないで下さいってばあ!」
「気を失った留吉が目覚めたのは、初めに女と出会った柳の木の下だったそうな。……おしまい。……続きまして第二話、『ろくろっ首の怪』」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 小椿さん、もういいですから!」

 慌てて小椿さんの手から本を引ったくったは良いが表紙の女の人と目が合ってしまい、混乱した俺は思わず悲鳴をあげながら本を床に投げてしまった。
「何やってんだ彰星」
 呆れながら風雅さんが本を拾い、俺の手にしっかりと持たせる。

「一ノ瀬の若がくれた大事な本だろ。放り投げるとは何事だ、ちゃんと持て。そしてこの女性の目をしっかりと見ろ」
「ふ、風雅さん絶対意地悪してる気がする! 顔が笑ってますもん!」
「ぎゃははは、バレたか」
 それにしても天凱さんは、俺が怖がりなのを知っていてわざとこの本をくれたというのか。
 きっと今頃は風雅さんみたく笑っているに違いない。

「……怪談ねえ。ちょっと時期は早いけど、たまには良いかもね」
 本を捲っていた雷童さんが「おっ」とある頁で手を止め、そこを開いたまま一郎太さんに渡した。

「一郎太、これ読んで。『指切りげんまん』」
「構わないが……彰星は大丈夫なのか?」
「大丈夫!」
 返事をしたのは風雅さんだった。俺は彼にがっしりと肩を組まれ、逃げようにも立ち上がることすらできない。