第6話 寿輪楼夜話

「彰星お前、読み書きを勉強してる最中だってな」
 その夜。珍しく酔っ払って登楼した天凱さんが、俺を抱いた後でニタニタ笑いながら言った。
「はい、まだ平仮名ばかりで漢字は殆ど読めませんが……」

 寿輪楼には昼見世がないから、朝起きてから夜見世までの時間はなるべく稽古にあてるようにしている。一郎太さんに踊りを教えたというおばさん先生はめちゃくちゃ厳しくて、俺が間違える度に畳んだ扇子で手を叩くものだから、稽古が終わる頃はへとへとだけど……

 ──物覚えのええ子や。文字が読めると楽しやろ、彰星ちゃん。

 読み書きを教えてくれるハナ先生は、美人で優しくていつも終わりにお茶菓子まで出してくれるから大好きだ。薄らとしか覚えていないお母さんに似ている気がして、俺は週に二度習っている読み書きだけはめきめき上達しているのだった。

「これは俺が子供の頃に読んでた本だ。蔵を整理してたら出てきてよ。何冊もあったけど、彰星向けの平仮名がいっぱいの本を選んできたぞ。やる」
 そう言って天凱さんが差し出してくれた本の表紙には、白いキモノを着た綺麗な女の人が描かれていた。

「うっわぁ、ありがとうございます天凱さん!」
「分からなかったら兄さん達に読んでもらえ。面白い話だから皆も喜ぶだろ」
「これ、題名は何て書いてあるんですか?」
 難しそうな漢字四文字が並んだ題名だ。俺には一つも読むことができない。

「最初の二文字は『やしろ』だ。この弥代遊廓の弥代と同じ意味だぞ」
「これが弥代。そ、その次は?」
「中身を読めば分かる」
「うん……?」

 そういう訳で今日は、見世開きの前に皆で本を読むことにした。
 雷童さんに風雅さん、一郎太さん、小椿さん。そこに俺を含めた五人で食堂に集まり、長机に置いた本を覗き込む。

「『弥代』の次の二文字、分かりますか? 天凱さんは、中身を読めば分かるって……」
 俺以外の兄さん達は読めるらしく、何だかニヤニヤと笑っている。……ひょっとして、いやらしいものなんだろうか。表紙に女の人だし。

 雷童さんが本を手に取り、ぱらぱらと捲りながら言った。
「この中で一番字が読めるって言ったら、……一郎太か小椿だね。彰星のためにも一度朗読してあげてよ」
「一郎太は声がこもっているから聞き取りづらいだろ。貸せ、俺が読んでやる」
 小椿さんが名乗りを上げ、雷童さんから本を受け取る。その隣では一郎太さんが「俺の声はこもってるのか……」と暗い顔をしていた。

「男らしくて色っぽい、良い声って意味だよ馬鹿」
「そ、そうか。ではお前も良い声で頼むぞ、小椿」
 一郎太さんと小椿さんは同じ日に寿輪楼へ来た男遊で、大の仲良しでもある。女形みたいに綺麗な一郎太さんと比べて、小椿さんはどちらかと言うと美しいより男前な方だ。皆が「名前が逆の方が合ってる」と囁いてるのは、本人達も知っている。