第5話 少年たち -3-

 淡雪を地面に降ろした天凱さんが、「ちょっと待ってろ」と店の中に引っ込んで行く。少しして戻ってきたその手には、小さな茶色い粒が沢山詰まった袋が握られていた。
「飾り用のチョコレートだ。形が悪くて使えない分だから、お前達にやるよ。飴と違って長期間の保存には向いてねえから、なるべく早く食え」
「うわあ、やった! ありがとうございます天凱さん!」

 小指の爪ほどの小さい粒になったチョコレートが、袋の中にぎっしりと詰まっている。鼻を近付けると甘くてとろける匂いがした。幸せの匂いだ。
 初見世の翌日に来てくれた天凱さんが、土産にチョコレートを持ってきてくれたのを思い出す。俺がその甘さに泣くほど感激したのを彼も覚えてくれていたのだ。

「また明日辺り行くよ。今夜は菓子組合の寄り合いがあって、抜け出せそうにないからな」
「はいっ、お待ちしてます!」
「じゃあな彰星。淡雪も」
 手を振って店に戻って行く天凱さん。俺は心の中がほっと温かくなるのを感じながら、もらったチョコレートの袋を胸に抱きしめた。

「……全く。形が悪くて使えないものを、兄さんに贈るなんて」
「いいんだよ淡雪。チョコレート食べたことある?」
「ありません。そんなうさぎの糞みたいなもの、食べる気も起きませんっ」
「後悔するぞ? 口開けてみてよ」
 ニタニタと笑いながら一粒のチョコを取る俺を、淡雪は疑いの眼差しで見上げている。そして恐る恐る開けられた口の中にそれを放ると、一瞬にして淡雪の目がカッと見開かれた。

「んんんっ……!」
「あは、甘くて美味しいだろ。黒砂糖とはちょっと違うよね、香ばしさがあるっていうか……豆から出来てるんだって」
「んん……兄ひゃんん……!」
 あまりの甘さに口の中が涎でいっぱいになったのだろう、淡雪は口元や顎を押さえて前屈みになっている。背中で揺れる帯のリボンまでが喜びに打ち震えているようだった。

「さ、早く帰ろう。雷童さんと風雅さんにも分けてあげなきゃ」
「ぷはっ、……か、かといって俺はあの方の無礼を許してませんからね!」
「用心棒って言われたの、そんなに嫌だったのか……」

 *

 例え天凱さんが俺の「旦那様」になっても、彼が来ない日は別の客を取らなければならない。

「おお、最果の新入りで初見世から大出世したというのは、君か」
「大川様。お初にお目にかかります、彰星にございます」
「紅い髪に紅いキモノが似合う、華やかで可愛い子じゃないか。一ノ瀬堂の坊が旦那に付いたと聞いたが、本当かね」
 楼内のどこかで男衆が弾いている三味線の音を聞きながら、俺は畳に手をつき大川さんに頭を下げた。

「今宵の俺の相方様は、大川様ただ一人でございます。他の男性のお話など……」
「む。そうか? さあ、こっちにおいで」
 旦那関係の話はお義父さんがするから、俺達は上手くかわして誤魔化した方がいいと雷童さんに教えてもらった。自分で聞いておきながら機嫌の悪くなる客もいるからだ。「面倒事は避けるに限る」。客は身も心も気持ち良くなるためにわざわざ金を払って揚がるのだ。

「まだまだ男慣れしていない肌だね。若造よりも年季の入った手の方が感じるだろう」
「あん、大川様……」
 何があっても感じたふりをしろというのは、風雅さんの言葉だ。嫌だろうと傲慢でないちゃんとした客ならば、「さっさと果ててさっさと帰ってもらうに限る」。