第4話 運命の夜 -3-

 俺が知っている「甘さ」は、風雅さんにもらった飴玉。それから白いご飯。最果で齧っていたトウキビ。それだけだ。
 天凱さんからするこの甘い香りが、ひょっとしたら「生クリーム」の匂いなんだろうか。

「どうだ。そんな親父が作ったイチゴのケーキ、食ってみねえか」
「た、食べたいです……」
 天凱さんが箱から取り出した「それ」は、手のひらに乗るほど小さくて丸くて白くて、真ん中に真っ赤なイチゴが一つ乗っていた。鼻を近付けなくても良い匂いがする。人生で初めて目にするイチゴのケーキは、ふわふわで美しく、輝いていた。

「あ、フォークを忘れてきちまった。……まあいいや、かぶりつけ彰星」
「──ん」
 口の中がとろけて崩れて行く……頭の中に桜が舞う。喜びに舌が躍り、喉が歓声をあげている。
 柔らかくて甘いイチゴのケーキ。それは清らかで優しく、そして少しだけ涙の味がした。

「おいしい……美味しかったです天凱さん、ありがとうございます……!」
「また違う味のも持ってきてやるさ。ほれ、ほっぺたにクリーム付いてる」
 俺は天凱さんに肩を抱かれたまま、クリームを拭った指を口に入れた。
「……天凱さん、どうして俺に優しくしてくれるんですか?」
「何言ってやがる、俺は皆に優しいんだよ。綺麗な子なら尚更だ」
「お、俺は綺麗じゃないです……顔も、それに、今後は体も……」

 自分の言葉にやり切れなくて涙が溢れる。その顔のまま見上げると、大きな目が俺を見返していた。力強い眼差しだけど怖くない。この人が優しい人だというのは、もう分かっている。

「うーん。確かにまだ垢抜けちゃいねえが、……見てみろ、彰星。窓の外」
「………」
 寿輪楼二階の窓の外は、弥代遊廓の夜の明かりで赤や黄色にぼんやりと照らされている。三味線の音、太鼓の音、客を引く男衆の声、道行く人々の笑い声、歌声。賑やかで活気に満ちた夜だ。最果にいた頃は考えられないほどの明るさだ。

「……明るいです」
「そっちじゃねえ、空だ。空」
 見上げた夜空は墨よりも濃い黒で、地上とは打って変わってしんとしていた。ぽつぽつと光っているのは星だ。故郷の夜空に比べたら、なんて少ない──。

「弥代から見える星は少ねえが、目に映らなくても夜になればどの空にも星が出る。美しく、力強く、懸命に身を燃やして光っている。遊廓の黒一面の空に光る星は、お前達男遊やお女郎の一人一人なんだ」
「………」
「彰星。この先どれだけ男を知っても、お前の光が弱まることはねえ。だから自分が汚れているなんて思うな。お前はお前だ。生きている限りずっと、お前は彰星だろ」
「天凱さん……」
「彰星。お前は可愛いよ」
「………」

 ──可愛いね。
 ──可愛いよ、彰星。

「う、……」
 頭を撫でられて可愛いと言われれば、いつだって最高の気持ちになった。お父さんとお母さんと手を繋いで、満天の星空に包まれた畦道を、遠くの魚釣うおつり座目指して歩いていた……あの頃。

「可愛いぞ、彰星」
「天凱、さん……」
 優しい唇が、俺の涙が伝う頬に押し付けられた。