第3話 初見世 -8-

「水揚げされてねえのか?」
「み、みず……?」
「客を取る前に、練習で仕込まれてねえのかって聞いてんだ」
「してない、です……俺は正真正銘、旦那さんが初めてです……」

 雷童さんが言っていた。潤んだ目で囁くように訴えれば、優しいお客さんならちゃんとその「お願い」を聞いてくれる、と。

「だから……その、旦那さん……どうか優しくして下さい……」
 歯の根を鳴らしながら訴えると、俺を見下ろしていた男の目がスッと細くなった。

 そして──

「勘違いしてんなぁ。お前、最果から売られて来たんだって?」
「は、はい。そうです」
「『処女』が貴重なのは、名のある家の美男美女だけに限った話だ。ド田舎の貧困地帯出身のお前が処女だろうと、何の価値もねえんだよ」
「っ……」
 瞬間、体に火が点いた。

「やっ、……!」
 力づくで押さえ込まれ、薄い胸に男がむしゃぶりついてくる。生臭い息に気色悪い舌の感触。耳がおかしくなりそうな唾液の音。
 ──嫌だ。
「やめてっ、お願いします、……旦那さん、やめて……!」
「うるせえっ!」

 ぼろぼろと涙が零れ、体が縛られたように硬直する。剥き出しの太股が動いているのは恐怖で痙攣しているからだ。心臓が破れそうなほど脈動している。息ができない……!

 ──嫌だ、嫌だ、嫌だ!

「やだあぁっ! 嫌だあぁっ!」
「このガキッ!」
 ばちんと頬を張られた瞬間、俺の心が音を立てて崩れて行った。

「お前らは黙って尻を出しときゃいいんだ、それしか能がねえんだからよ」
「………」
「気取ってても所詮は男の下でしか生きていけねえんだ、お前の兄さん方もな」
 腰が持ち上げられる。脚を開かされ、男のそれがあてがわれる。

「や、……」
「どれ、それほど貴重でもない初物を無残に散らせてやろう」
「やだあぁ──っ!」
 渾身の力を込めて男の体を押し退け、俺は裸のまま寝間から飛び出した。
「おい、てめえ! このガキ、待てっ……!」

 寿輪楼の廊下を全力で走る俺を、下働きのおばさんが目を丸くして見ている。他の兄さんのお付きの少年達が呆気に取られて見ている。それでも俺は走った。涙と鼻水で顔を濡らし、裸のまま全力で──寿輪楼の玄関を目指して。

 逃げてどうにかなる訳じゃないと分かっているし、世話になった風雅さんや雷童さんに申し訳ない気持ちもあった。だけどどうしてもあの場にいたくなかった。あの狭い寝間で、あの男とこれ以上一秒だって一緒にいたくなかった。

「あ、彰星っ? おい、彰星何してるっ! 止まれ!」
 背後から番頭さんの声がしたけれど、今の俺には少しだって振り返る余裕はない。

 お義父さんに叱られてもいい。ぶたれても、ご飯抜きになってもいい。

 とにかく逃げたかった──。

 第3話・終