第3話 初見世 -6-

 艶やかな赤いキモノも、黄色い帯も、牡丹の髪飾りも、……全部俺が「買った」ことになっている。お金がないから寿輪楼で用意してくれるのだが、この代金は俺が働いて返さないといけない──つまりは借金。

 キモノ以外でもご飯代、部屋・布団代、お風呂代。手拭い、チリ紙、日用雑貨全て。お客さんに出すお茶代まで、全部全部が自分の「借金」になる。完済するにはとにかく働くしかない。金持ちの旦那さんが何人もいる売れっ子には簡単なことだがそんなのは一握りにも満たない人達の話で、それ以下の兄さん姐さんにとってはまさに借金地獄の生き地獄だ。

 お客さんがつかなければ、一日一日生きるだけで借金は増えて行く。それを苦に廓から逃げ出したり自ら命を絶とうものなら、その借金の全てが今度は故郷の家族に降りかかる。

 一夜に何人もの客を廻される楼もある。客による乱暴を許している楼もある。そういう悪徳娼楼では、家族を生かすために売られてきたのに、家族に借金を残すと分かった上で自害を選んでしまう人もいる。

 年季明けは古くからのしきたりに習って二十八歳。十八から客を取らされるから、丸々十年間は体が悲鳴を上げようがどれだけ心を傷付けられようが、毎晩客を取らなければならないのだ。
 避妊や性病防止のやり方が確立され、病気で死ぬようなことは滅多に無くなった時代だが……自害は今でも無くならない。

 華やかに見える遊廓の裏側には、そんな「事情」に殺された兄さん姐さんがいることを、忘れてはならない。

 *

「………」
「綺麗だよ彰星」
「ああ、まあまあかな」

 しんと静まり返った午後六時、少し前。
 俺は綺麗に髪を整えられ、紅いキモノを着せられ、畳に膝をつき雷童さんと風雅さんに頭を下げた。

「き、緊張してますが……兄さん方の名に恥じぬよう頑張ります」
「この十日間は三倍速で色々教えちゃったけど……上手くやれるよ、彰星なら」
「十五、六歳だと思ってたから、初見世までに結構な猶予はあると思ったんだけどなあ。まさかお前が十八手前だったなんて驚いたぜ」

 二人の兄さんのお付きも、もう終わり。俺は今夜から二人と同じ男遊になる。畳についた手が震えてしまうが、今夜を乗り切らないと俺もこの先「生きて行けるか」分からない。

「いい、彰星。初めてのお客さんがどんな人でも、目を瞑って頭の中で好きな人を思い浮かべるんだ。見えなければ男なんて全部同じなんだから、『自分を抱いてるこの人は、大好きな恋人なんだ』って思い込めば少しは楽になるからね」
 雷童さんが震える俺の手を握って助言してくれた。

 が、風雅さんは──
「バーカ。そんなモンいきなり言われたって無理に決まってんだろ。いいか彰星。初めての客がもしも傲慢で腹の立つ男だったら、頭の中で笑ってやれ。『偉そうなこと言ってるくせに、金出さなきゃ男も抱けねえのか』って、見下してやればいい」
 二人の言うことはどうも毎回バラバラで、どっちを信じれば良いのか分からない。

「そんなこと考えてたら態度に出て、お客さんに怒られちゃうだろ」
「大丈夫だっての。何せ『初物』だ、ちっとくらい嫌な顔したって誰も気にしねえよ」
「………」

 初めてのお客さんが、どうか優しい人でありますように。
 俺は必死に祈りながら、がちがちと鳴る奥歯をぎゅっと噛みしめた。