第3話 初見世 -2-

 考え込む俺を見て、風雅さんが笑った。
「別に男遊が読み書きする必要もねえだろ。そっちよりもイロコイのお勉強をしろっての」
「風雅だって良いお客さんから手紙もらったら嬉しそうに読んでるじゃん。返事書いてるのも知ってるよ。平仮名だらけだけど」
「うるせえなっ、盗み見てんじゃねえよ」

 読み書きは覚えたい。それにまだ顔も知らないけれど、一郎太さんの三味線で歌を歌えるのも良いなと思った。俺が知っている音楽・歌といったら、畑仕事をしている時に大人達が歌っていた、大根が旦那の男根だの何だのと品のないことを歌詞にしている歌だけだ。

「知識がある男遊は珍しがられるから、それだけでも良い旦那さんを掴む武器になるよ」
 雷童さんはそう言うが、
「バーカ。ちょっとくれえ頭が緩い方が年上の男からは可愛がられるんだよ」
 風雅さんはそう言う。

「どっちにしろ俺には読み書きを習得できる気がしません。俺の頭が悪いのは生まれつきで、何やっても一人前にはなれないんだっておばさんが言ってましたもん」
 俺がそう言うと、二人が揃ってこちらに顔を向けた。

「おばさんに意地悪されてたの、彰星?」
「意地悪ではないと思いますよ。阿呆とか可愛くない顔とか、本当のことだし……。ガキのくせに大人に色目使ってるって殴られた時は、流石に意地悪ばばあだと心の中で思いましたけど」
「何だそりゃ。お前、大人に色目使ってたのかよ?」

 そんな記憶は全くないから、あれはおばさんの勘違いだったんだ。引き取ってもらったその日の夜、俺が一人で寝てるのを可哀想に思ったおじさんが寝床に来た時のことだった。
 ──じっとしておくんだよ。良い子だからね。
 おじさんがそう言って俺の体を撫でたのは、寝かしつけるためだったんだと思う。まだずっと小さい頃に母さんがそうして俺を寝かせていたから、おじさんもそうしてくれたんだ。

 気付いたおばさんが寝床に怒鳴り込んできた時、おじさんが「違うんだ」と弁解した。
 ──コイツが俺に色目使ってきやがってよ。
 おばさんの強烈な張り手で眠気も吹き飛び、その夜は明け方まで外に出されてそのまま畑に行ったっけ。

「あのねえ彰星。そのおばさんはお前に亭主を取られたと思って意地悪してたんだよ。彰星は頭が悪いんじゃなくて、ただ物を知る機会がなかっただけなんだ。ちゃんと学べば色々なことを覚えられる。自分を蔑んじゃ駄目だよ」
 雷童さんが俺の頭を撫でてくれた。傷一つない綺麗な手。野良仕事で荒れた俺の手とは大違いだ。

「それに彰星は可愛い顔してるよ。ほっぺたもふっくらしてきたし、どんぐり眼も印象的だしね。一郎太みたいに目張りでも入れたら、もっと魅力的になると思う。彰星は可愛いよ」
 ──可愛い……。
「化粧なんかしなくても天然で美しい俺様みてえな男遊には、なれねえけどな」
「……風雅の方がよっぽど意地悪だよなぁ」