第2話 娼楼の外で -7-

「彰星」
 店頭の飴玉を眺めていた俺の耳に、雷童さんが小さく囁いた。
「ここの主人は風雅の一番の客だ。俺達は直接関わり合いはないけれど、風雅の面子を潰さないようにしなきゃ駄目だよ」
「え……ど、どうやればいいんですか?」
「考えてごらん」
 悪戯っぽく笑って、雷童さんが大旦那に腕を絡ませ店の中へと入って行く。
「宝石みたいで綺麗ですねっ、旦那様」
「ああ、飴細工というのは繊細な作業だ。誰にでも出来るものじゃない。見てごらん雷童。この龍の鱗の緻密さを」

 一人店頭に残された俺は、魅力的な「宝石達」を前に必死で考え込んだ。風雅さんの面子を潰さないように……となれば、昨日もらった飴玉よりも高価な物は選ばない方が良いかもしれない。
 だけど安い物を買って風雅さんにお裾分けしたと飴屋の主人に知られたら、それはそれで主人の方の面子を潰してしまいそうだ。

 だとしたら、主人のお勧めに素直に従えば良いだろうか。それとも昨日風雅さんにもらったのと同じ物を……いやいや駄目だ。

「おや、坊主見覚えがあるぞ」
 考えていたら突然、肩を叩かれた。
 振り返った先にいたのは、焦げ茶の髪を振り乱した背の高い男の人──眉毛がきりっと濃くて目鼻立ちが整った、カッコいい人だった。田崎の大旦那と同じような洒落たスーツを着ている。

「す、すみません。どちら様でしょう」
「一度目が合ったきりだからな、覚えてねえのは仕方ない。お前が子供達と一緒に港から赤川の旦那に連れて歩かされていた時、思わず声をかけちまった野暮な男だ」
「あっ、……ええと、確か……一ノ瀬堂の若旦那!」
「おお、そこはよく覚えていたな。記憶力が良いなぁ、お前」

 思いがけない再会に一瞬嬉しくなったが、あの時の俺達は特に何か会話をした訳ではない。ただ一瞬目が合っただけの、知り合いと呼ぶにはあまりにも薄い縁でしかない人だ。

「この廓に売られたのか?」
「はい。俺は寿輪楼でお世話になっています!」
「おおお、あそこなら生活も安泰だな。俺の家もここで店を出してるんだ。死んだ爺さんが始めた一ノ瀬堂っていう西洋菓子店で、今は俺の親父が店主をやってる」
「お、お菓子……」

 目を見開いた俺を見下ろして、一ノ瀬堂の若旦那が豪快に笑った。
「ははは。菓子は好きか、坊主」
「坊主じゃありません。俺の名前は彰星です!」
「いい源氏名じゃないか」
「違います、子供の時からの名前です」
「そうか。良い名前を付けてもらったな」
「………」
 若旦那の大きな手が俺の頭に乗せられる。ごつごつしているのに優しい感触。犬の仔を撫でるみたいな手付きだったけれど、こんな風に撫でてもらうのはお母さんがいなくなってから初めてのことだった。

「俺は一ノ瀬天凱てんがいだ。天照アマテラスの凱旋と書く」
「あまてらす……?」
 知らねえのか、と若旦那が笑った。頭の悪さをからかわれた気がして、顔が熱くなる。

「まあいいさ。ところで彰星、さっきからじっと飴を見ていたが何をしてたんだ? 盗むくらいなら買ってやるぞ」
「ちっ、違います! 兄さん方へのお土産を選んでたんです!」
「いちいち怒るなって。飴の土産なら『弥代てまり』が有名だが、数量限定だからもう売ってねえだろうな。この飴屋の主人は確か寿輪楼の風雅の馴染みだろ。主人にどれを買ったら良いか聞いた方が早いと思うぞ」

 色々知ってるんだなぁと、感心しながら天凱さんを見上げた……その時。
「彰星、早くねー。殿方といちゃついてる場合じゃないよ~」
 店の中から雷童さんの声がして驚き、俺は慌ててそれに返事をした。

「兄さんと来てるのか。そんじゃ俺はそろそろ自分の店に戻るわ。また会えるかもな、彰星」
 一ノ瀬堂の若旦那──天凱さんがまた俺の頭を撫でて、そのまま踵を返した。
「次会う時までに、もう少し飯食っとけ。枝みたいな体の男遊じゃ揚げる気にならねえからな」
「ううう……!」
 優しかったり嫌なことを言ったり、変な人だ。