第2話 娼楼の外で -6-

「お、お待たせしましたっ……」
 寿輪楼の外で待っていた大旦那と雷童さんが、揃って俺に顔を向けた。
「わあ、随分と可愛くなったねぇ彰星!」
「ははは、これは将来が楽しみだな。──さあ、それじゃあ行こうか」
 雷童さんが大旦那の腕に自分の腕を絡ませた。俺もそうした方が良いのかと思ったが、二人が歩き出してしまったために慌てて後を追う。

 雷童さんのキモノは変わっていた。黄色を基調とした更紗の長い羽織。肩から胸元は大きく開いていて、前結びの赤い帯がぐるりと腰を締めている。翻る衿下からは歩く度に白い膝と黒い長靴──ブーツというらしい──が見え、吹く風の悪戯によっては中に黒革の短いパンツを穿いているのも見える。

 ──弥代遊廓ではこういうキモノが流行してるのかな。

 俺はすれ違う人々を観察しながら、改めて「町」の賑やかさを実感した。奇抜なキモノの雷童さんも、この中ではそれほど目立っていない。他の見世の男遊も、お女郎さん達も、皆派手な格好をしていた。まさに彼らの鮮やかなキモノの色や形が、この遊廓を活気づけているのだ。

「……カレーは辛いから、カレーって名前なんですか?」
 広い遊廓の中には様々な店が揃っている。欧風レストラン「カナリヤ」もその一つで、店内は昼食を求めてやって来た人で混雑していた。
「彰星にはちょっと刺激が強かったかな? 甘口のカレーにすれば良かったね」
「喉が痺れます……美味しいんですけれど」
 慣れているのか、雷童さんは涼しい顔でカレーを食べていた。

 ──どうせなら、この辛いものはかけないで出して欲しかったなぁ。
 白飯だけなら何杯でも食べられるのに。しゅんとなる俺を見て、田崎の大旦那が豪快に笑う。
「この辛いのが美味いんだ。彰星も大人になれば、この良さが分かると思うぞ」
「俺は飴玉みたいに甘いのがいいです、大旦那様」
「はっはっは」

 辛さはともかくとして、決して不味いものではない。一皿平らげた頃には未だかつてないほど俺の腹は膨れていた。

 レストランを出て次に向かったのは、綺麗な髪飾りや帯留めやその他の装飾品が並ぶ雑貨屋だった。
「旦那様、どっちが俺に似合います?」
 ちゃっかりとおねだりする雷童さん。その目は子供のように輝いていた。どうせ買ってもらうなら食べ物の方が良いのではと思ったが、どうやら雷童さんは違うらしい。きらきらと輝く物に滅法弱いらしく、金色の髪飾りと耳飾りを手に取りうっとりと見つめている。

「そうだなぁ、どちらも似合うから両方買ってやろう」
「やったぁ! これだから旦那様、大好き!」
「ついでに彰星にも買ってやるぞ。どれがいいか選びなさい」
「そ、そんな。俺は大丈夫です……!」
 謙遜ではなく本気で要らないと思った。俺は雷童さんのように美しくない。どんなに高価な装飾品を買ってもらっても似合うはずがなく、逆に恥ずかしいだけだ。

「旦那様。彰星は髪飾りよりも、あっちの店が気になるようです」
「うん?」
 雷童さんがニコリと笑って、向かいの飴屋「ゆうらい」を指さした。そこに飴屋があるなんて気付いていなかったが、どうやら雷童さんは俺のために気を利かせてくれたらしい。
「ははは、やっぱりまだ子供だな」

 雷童さんの買い物が済んでから向かいの飴屋に入った俺は、あまりの光景に気絶するかと思うほどの衝撃を受けた。
 並んでいるのは昨日風雅さんにもらったのと似ている飴玉。星形の愛らしい金平糖。棒付きの平たい飴。動物の形をした、芸術品のようなべっ甲飴。それから、それから……
「う、わあ……」
 見ているだけで口の中に涎が溢れる。昨日の飴玉の甘さを思い出したためだ。