第2話 娼楼の外で

 弥代遊廓の朝は早い。
 午前五時に小使いが手に持った鐘を鳴らしながら遊廓の通りを歩き、娼楼内で下働きをしている人達はその音と共に起きる。俺も布団の中で目が覚めてしまったが、障子の向こう側はまだ薄暗かった。隣の布団では雷童さんが行儀よく寝ている。風雅さんがここにいないのは、昨夜来た客と同じ寝間にいるためだ。

 多分、風雅さんも鐘の音で目を覚ましただろう。客と共に朝を迎える男遊は、客が起きる前に身支度を整えて送り出しをしないといけない。お客さんに寝顔を見せてはならないからだよ、と、この辺のことは雷童さんに教えてもらった。

「………」
 ぱっちり目が冴えてしまった俺は、布団を抜けてそのまま部屋を出た。最果にいた頃は夜が明ける前に畑仕事に行く準備をしていたため、起きてすぐ用を足しに行くのが癖になっていた。

 寿輪楼の外からは少しだけ人々の声や走る音が聞こえてくる。娼楼以外のお店の人達も、この時間に起きて働き出しているらしい。
「ああ、まだ少し冷える……」
 廊下を出て左側の便所で用を足し、レバーを下げて水を流した。こんな綺麗なぴかぴかの便所を見るのも初めてだ。皆は「トイレ」と呼んでいたっけ。

 そのトイレを出ると、ふと、鼻先を良い匂いがくすぐった。味噌の匂いだ。ふらふらと導かれるように廊下を歩き、辿り着いたのは寿輪楼内にある食堂と台所が一緒になった広い部屋だった。

「おはようございまぁす……」
 厨房には親戚のおばさんくらいの年齢の女性が三人いた。皆てきぱきと手を動かし、あちこちを忙しなく動き回っている。
「あらまあ、昨日来た風雅さんと雷童さんのお付きの子だねえ」
 鍋をかき混ぜていたおばさんが俺を見て、目を丸くさせた。

「あ、彰星です。おはようございます!」
「おはよう。お腹空いちゃったのかい? 朝ご飯はもうちょっと先だよ、まだ早いから布団で寝ておいで」
「あ、朝ご飯を作ってくれてるんですか? 俺も食べれる……?」
「そりゃ、そうよ。寿輪楼では男遊さん達もお付きの子達も、みぃんなご飯は食べられる。他ん娼楼じゃあ売上のない子は飯抜きの所が多いけど、そんなことしたら更に売り子の質が下がる、っていうのが矢多丸さんの信条なのさ。大店の余裕だね」

 信じられなかった。昨日は何も仕事をしていないのに、朝からご飯が食べられるなんて。
「ありがとうございます!」
「あはは、私らに頭下げることないよ。ここで一番頑張ってるのは男遊さん達なんだから」
 お豆腐の味噌汁に、沢庵と白菜のお漬物。焼いた秋刀魚、そして白い飯──生唾が止まらない。