第1話 弥代遊郭 -3-

 寿輪楼──弥代遊廓で一番の男娼専門の娼楼しょうろう。売り専や陰間茶屋と呼ばれていたのは遥か昔のことで、今の時代は男の店も女の店も関係なく、春を売る店の呼び方は等しく「娼楼」なのだそうだ。

 右隣が甘味処、左隣が花屋、通りを挟んで向いの正面には食べ物や日用雑貨等を扱う商店という、最高の立地にその見世みせはあった。
 見上げた三階建ての巨大な娼楼。思わず目を見開き、驚きの声を張り上げてしまう。
「うっわぁ、デカい!」
「そうだろう。ウチは弥代遊廓ナンバーワンの大店おおだな、毎夜大勢の金持ちが来る娼楼だからな」
 俺をここまで連れてきた鳥の巣頭の男が、腰に手をあて自慢げに言った。

「俺はこの見世の楼主、一条いちじょう矢多丸やたまるだ。ここの男遊の父親代わりだから、皆からは『お義父さん』と呼ばれている。でけェ子供がいる齢じゃねェし、父親って柄でもねェけど、まあそういう決まりだ」
「お義父さん。俺は彰星です」
「さっき聞いたよ。だがいい名前だな、源氏名は付けずにそのまま行こう」
 褒められ慣れていない俺は、お義父さんのその言葉に耳まで赤くなるのを感じた。

「まずはお前の兄さん達に自己紹介をすることからだ。大きな声ではっきり名前を言うんだぞ」
「はい、お義父さん」
 ガラガラと大きな玄関の戸を開けて、お義父さんが娼楼の中へ入って行く。俺もそれに続いた。胸がドキドキしているのは期待や不安からではない。とにかく広い玄関や、煌びやかな壁の色や高い天井や、そこから吊り下がったお洒落な洋燈ランプや、玄関から真正面に見える幅の広い大階段に面食らったせいだ。
 ──お城みたいだなぁ。

「おおい、皆集まってくれ!」
 お義父さんが手を叩き声を張り上げると、玄関から左右に広がった廊下や大階段の上から、わらわらと美しい男達が出てきた。着ているものは皆殆ど同じ夜着のような薄いものだが、それでも長年薄汚れたキモノしか着たことのない俺には上等な浴衣に見える。

「新入りさんが入ったぞ。自己紹介しな」
「あ、彰星です! お兄さん方、どうぞよろしくお願いします!」
 その「お兄さん方」からは誰一人返事はなく、代わりに大階段の横の壁に寄りかかっていた綺麗な男遊が顎をしゃくってお義父さんに言った。
「そんなガリガリのチビ、幾らで買ってきたんだよ?」
 綺麗に整った顔と、それに似合う辛辣な言葉。組んだ腕はしなやかだが逞しく、だらしなく開いた胸元や着流しの裾から見えるしっかりとした脚は、俺の目にも何だか卑猥なものに映った。

 しかしそんな卑猥さを全て帳消しにできるほど、彼の髪は綺麗だった。故郷の青空よりも透き通った水色で、氷細工のようにきらきらと輝いている。触れれば粉雪が舞い踊りそうなその髪は、俺の赤茶けたそれとは比べ物にならないほど美しかった。

「まあまあ。そう言ってやるな、風雅ふうが。確かに細っこいチビだが磨く価値があると思って買ってきたんだからよ」
 お義父さんが自分のことを褒めているのは分かったが──それよりも俺は、髪の綺麗な男遊の名前が「風雅」であることにまた感動していた。涼し気な髪の色と表情、そして名前。美しい男は名前まで美しいのだ。

 そんな俺の思考を遮るように、お義父さんの大きな手が肩に乗せられた。
「彰星。お前はしばらくこの風雅と、彼の同期の男遊の二人に付いて勉強するんだ。寿輪楼で一、二を争う売れっ子の『お付き』になれるんだから、三倍速で成長しろよ」
「はっ、はい!」

 どう成長すれば良いのか分からないが、「風雅に付いて勉強」というのは嬉しかった。だが当の風雅さんは腕組みをしたまま眉間に皺を寄せ、口をポカンと開けている。それは誰が見ても明らかに嫌がっている顔だった。

 娼楼で実際に客を取って体を売るのは十八歳からという法律がある。はるか昔の廓が出来た頃は十六歳からとなっていたが、前々世紀よりもう少し前の明治三十三年頃から、廓に関する年齢制限が十六から十八歳に変わったのだ。それは船の中でヒゲの男から聞いた話だった。

 十六歳というあどけなさを残しながらも成長した体を売り物にできないのは勿体ない、とヒゲの男が言っていたのを思い出す。しかし自分の年齢が分からない俺にしてみれば、十六も十八も同じようなものだった。

 俺も客を取ることになるのだろうか。何をするのかも分からないが、この美しい風雅さんがしていることなら、きっとそれも美しいことなのだろう……。