第1話 那由太、お迎えされる -5-

 笑う藤ヶ崎さんにほっとした俺は次の瞬間、ソファに座ろうとして思わず心臓が爆発しかけるほどの衝撃を受けた。「っ……!」何もないと思っていた横長の黒いソファの上に、黒い服を着た人間がうつ伏せで寝そべっていたのだ。

「び、びっくりした……!」
 焦る俺の前で、藤ヶ崎さんが何てことないように言う。
「ああ、寝てるね。彼は俺の仕事のパートナーなんだけど、いつも黒髪に黒いシャツとパンツだから、ソファにうつ伏せてると俺もたまにその上から座っちゃったりするんだ。今起こすから待っててね」

 完全にソファと同化している黒い男は、藤ヶ崎さんに肩を揺さぶられて「んんん」と不機嫌そうに呻いている。

せつ、起きて。お客さん来たよ」
「……嫌だね」
「前に連絡もらった子だよ、会うの楽しみにしてたじゃん」
「………」
 ゆっくり顔を上げた男と目が合い、俺は姿勢を正して息を飲んだ。

 ウェーブがかった黒髪に切れ長の瞳、高い鼻と薄い唇、そして黒を着ているからかやけに白く見える胸元──。それは整った顔立ちの、気だるげな表情がよく似合うハンサムな男だった。

 ただ一つ気になるのは、鋭く尖った目の下にくっきり隈があるということ。相当な寝不足なんだろうか。

「は、初めまして。こんにちは」
「……よろしく」
 男がごろりと体の向きを仰向けに変え、そのままの体勢で右手を差し出す。握手を求められていると思ってそれを握ると、……男が強く俺の手を引き、その反動で思い切り体を起こしてきた。

「わっ」
「ああ、頭痛てぇ……。寝過ぎた」
 危うくバランスを崩して倒れそうになったが、黒髪の男は悪びれた様子もなくソファに座り直している。

「刹、目覚めた?」
「完璧」
 藤ヶ崎さんが刹と呼んだその男に水のボトルを渡しながら、俺に笑顔を向けた。

「彼は刹。高柳たかやなぎ刹だよ。ちなみに俺は藤ヶ崎炎珠えんじゅ
「よろしくお願いします……」

 藤ヶ崎炎珠。高柳刹。
 この二人が俺の雇い主となる人達。あのやくざ者の幸嶋栄治の紹介にしては至って普通の男達だ。やくざの事務所や親分クラスの人物を想像していただけに、心底ほっとしたような、それでいて肩透かしを喰らったような、妙な気分だった。

「それじゃあそこの空いてるソファに座ってね。俺は知ってるけど、改めて刹に自己紹介してあげてくれるかな」
「は、はい」

 勧められたソファは刹さんの正面だった。そこに浅く腰掛け、背中をピンと伸ばしてなるべく威勢良く挨拶をする。

「春沢那由太と申します。二十歳です。この度はお世話になりますが、どうぞよろしくお願い致します」