てのひらの天使 -5-

「あっ……」
 ヘルムートの声と同時に、光の中でタマゴの割れる音がした。ケーキ作りの修行で何度も何度も耳にしてきた、生卵にヒビを入れて「ぱか」と割った時の小気味良い音──それをもっと大きくしたような音だ。
 青い光が少しずつ弱まって行き、やがて完全に消えた。タマゴはてっぺんの部分が大きく空いた状態で、中はしんとしている。

 部屋の明かりは点いたままだ。俺とヘルムートは顔を見合わせてから、恐る恐るてっぺんの穴の中からタマゴの中を覗き込んだ。

 瞬間──。

 くううぅ、と変な声がして、タマゴから手のひらサイズの「妖精」が飛び出した。
「あ、あぅ……」
 ヘルムートは口をぽかんと開けて我が子を見ている。
 俺は一瞬面食らったものの、すぐに喜びが湧き上がってきてヘルムートの頭を撫で回した。

 ヘルムートが両手を合わせてお椀の形にすると、降り立つ場を見つけた「妖精」が嬉しそうにヘルムートの手の上にちょこんと乗った。
「あ、う……おれと千代晴の、赤ちゃんですか……?」
「くぅ」

 その子はクラゲでもヒトでもない。
 何ともファンタジーな可愛いフォルムだが、俺とヘルムートの子供は「氷の妖精」──クリオネだった。

 *

 クリオネは天使の羽のような「翼足」をぱたぱたさせて泳いで見えるから、何となく可愛いイメージで「氷の妖精」と呼ばれているのだ、と思う。
 だけど、この子は。
 ぷっくりまるまるとしたほっぺた、ふりふりと揺れて宙をかく小さな翼。ぷるぷるの手触り、「くぅ」という変な鳴き声。
 俺はてっきり割とリアルな生き物が産まれると思っていたから、何だか拍子抜けしたようなホッとしたような気持ちになった。

 だけどどんな気持ちになろうと、「嬉しい」という感情には敵わない。俺は肩や頭の上をぱたぱたと飛んではしゃぐ我が子を捕まえて、両手で優しく包み込むように「ハグ」をした。

「お前の父ちゃんだぞ」
 正直言ってまだ父親になったという実感はなかった。もちろん会えて嬉しいし可愛いと思うし、大好きだという気持ちはある。なのにどうして実感が沸かないのか──答えはもちろん、種族が違うからだ。

「可愛いです! おれと千代晴の子、クリオネとは思いませんでした……! おれ達、三人家族です! 赤ちゃん大事に育てます」
 我が子ともちもちのほっぺた同士を擦り合わせて、ヘルムートは笑っている。
 地球と違ってクーヘンではファンタジーベイビーが当たり前の世界だからか、ヘルムートはクリオネの我が子をすんなり受け入れているようだった。

「千代晴、戸惑うの当たり前です。でも少しすれば、ちょっとずつヒトの形強くなっていきます。そしたら千代晴もパパになった実感沸きます」
 ヘルムートに言われたが、俺は「本当に大丈夫かな」と不安になった。
 だけど──だけど。

「ぱ……」
 そんな俺の不安を一瞬にしてかき消したのは、他の誰でもない「俺の子」本人だった。

「ぱぱー!」
「え、……!」
 満面の笑顔はヘルムートにそっくりだった。俺の目の前を精一杯の力で飛んで、精一杯の大きな声で俺をそう呼んでくれたのだ。
「ぱぱー」
 もう一度呼ばれた時にはもう、俺は涙ぐんでいた。