お仕事をします -5-

 俺は仕方なくポケットからハンドタオルを取り出し、ヘルムートの頬を拭ってやった。
「泣くなって、大丈夫だから」
 そうしたのは、我慢しているのにぽろぽろと涙を零すヘルムートの泣き顔があまりにも痛々しかったからだ。いっそのこと声をあげて泣きじゃくってくれた方がましだと思えるほどに。

「千代晴っ……」
 顔をぐしゃぐしゃにさせたヘルムートが俺にしがみつき、胸に顔を埋めた。通りを歩く通行人が俺達に視線を向けている。とてつもない恥ずかしさの中でその頭を撫でてやり、「大丈夫だから」と囁き続ける。

「……千代晴、優しいです」
 胸に顔を埋めたまま、ヘルムートが呟く。
「そうか。良かったな俺が優しい男で」
「やっぱりおれ、千代晴と結婚したいです。ずっと一緒にいたいです……」
「気持ちはすげえ嬉しいけど、俺達まだ知り合って間もないだろ。そんな性急に──」

 ヘルムートが顔をあげ、潤んだ目で俺をしっかりと見つめながら言った。
「千代晴におれの全部、あげたいです。千代晴になら何されても後悔ないです。おれの直感間違ってない。千代晴が大好きです」
「………」
 こめかみを汗が伝う。暑さとは別の種類の汗だ。
 どこかにホテルは無かったか──なんて、いつもの俺なら思っていたかもしれないが。

 こんな風にストレートに気持ちをぶつけられたのは初めてで、どう返して良いのか咄嗟に答えが出てこない。

 異星人同士で上手くいくのか。ヘルムートと結婚したとして、故郷の親にどう説明するのか。産まれた子供はどこで育てるのか。戸籍は。身分証は──今考えても仕方のないことばかりが、頭の中をぐるぐると回っている。

 好きとか気になるとか……そんな単純な感情だけで応えたとしても、将来的にヘルムートを傷付けるだけだ。

「……ごめんなさい、おれ、千代晴を困らせてます」
「迷惑って訳じゃねえよ。ただ俺達は──」
 言いかけたその時、尻ポケットの中で俺のスマホが振動した。あのケーキの件で衛さんから電話がかかってきたのだ。

 祈るような思いで通話ボタンを押し、スマホを耳にあてる。
「──どうでしたかっ?」
〈わはは、心配するな千代晴。お客さんは午後にケーキを受け取りにくるつもりだったらしいが、『ぜひ焼き立てを用意したい』と言ったら喜んで夕方に変更してくれた〉
「よ……良かった……」
 全身の力が抜けて行く。だけどすぐに俺がするべきことを理解し、慌ててスマホを持ち直す。

「それじゃ衛さん、すぐ戻りますから少しだけ待ってて下さい」
〈悪いな千代晴。急がなくていいから頼んだぞ〉
 通話を切った俺は慌ててスマホをポケットにしまい、ヘルムートの肩に両手を置いて言った。

「飯、もう少しだけ我慢できるか。次の休憩の時に食い物買ってきてやるから」
「ち、千代晴。衛さん何言ってましたか。ケーキどうなりましたかっ?」
「大丈夫だ。客も怒ってねえし、むしろ上手く行きそうだって。誰かの誕生日、台無しになんかなってねえぞ」
「あ、……」
 ヘルムートの顔が心からホッとしたように、柔らかく輝く。
「……良かったです……」

 その場から走り出す前に──堪らなくなって、俺はヘルムートの手を強く握りしめた。
「行くぞ、ヘル」
「はいっ!」
 涙の残った笑顔。
 やっぱりコイツは、笑っている方が似合う。