亜利馬、正真正銘己との闘い

 青天の霹靂とはまさにこのこと。
 その日、一人だけ会議室に呼ばれて山野さんから説明を受けた俺は、あまりの衝撃に椅子に座ったまま引っくり返りそうになった。
 なぜなら、なぜなら……
「お、おおお俺が、たた、タチデビューですかっ?」
「そうだ。ファンからも『そろそろ亜利馬がタチに回っているところを見たい』という声があがっていてな」
「で、でも……いいんですかっ? 俺はウケ専で売ってくって、ずっと聞かされてましたけど……」
「そこで、だ」

 山野さんが眼鏡のブリッジを持ち上げ、こほんと咳払いをして俺に今回の企画書を見せてくれた。
「わぁ、本当に俺がタチで……すごい……けど、……えっ……?」
 頭から読み進めていた俺の目が、ある一文でピタリと止まる。
『タチ役・亜利馬。ウケ役・亜利馬』
「……これ、どういう意味ですか」
「俺もその、説明しにくいんだが……」
 山野さんが説明に詰まるということは、……それはもう絶対に、俺にとって最悪な企画であるということを物語っている証拠だ。

「お前の従兄が」
「あ、有栖がっ?」
「新しく開発したダッチワイフというか、そういう目的で使う……人形を、その、提供してくれるということになってな」
「有栖ううぅぅ──ッ!」
 頭の中に舌を出して笑う俺そっくりの顔が浮かんだ。
 あいつ……有栖の奴。インヘルのスポンサーになってから、予想通り嫌がらせを開始したということか。

「嫌ですよ! 有栖の要望なんか聞く必要ないですって!」
「いや、別にそういう要望をされた訳じゃないんだ。ウチの企画部がどうしたら亜利馬をウケ専のままタチに回すことができるか考えたところ、そういう結論に至ってだな。丁度『バッドアリス』で開発していたドールを借りられることになったというだけだ」
「そうなんですか? ……で、でもどうしてその人形のモデルが『俺』なんですか?」
「それはお前の従兄が開発したからだろう」
「……納得です」
 ダッチワイフというと、昔々に漫画で見た「ビニール製の膨らませて使うやつ」というイメージしかないけれど……有栖が作ったなら多分、本物の男の体と同じような物なんだろうなと想像する。

 一体何十万円もする「そういう時用のリアルな女の子ドール」もあるし、前にもアナルホールだのディルドだのにこだわっていたから、恐らく今回も有栖のこだわりがふんだんに詰め込まれた状態で開発されたのだろう。

 純粋に見てみたいけれど、人形とエッチなことをするというのは……
「だ、大丈夫ですかね……? 滑稽じゃないですか?」
「俺もまだどうなるかは分からないが、もしもこの企画が成功すればファンも喜ぶと思うぞ。やっぱりお前にはウケ専でいてもらいたい者もいるだろうし、そういう層も対人ではなく対人形なら納得するだろう」

 別に、一回くらい俺が普通にタチ役になる企画があったっていいのに。
 まさか俺の童貞を守るために、相手役に人形を用意される日が来るとは。
「……そういうものなのかなぁ……」