第2話 見たくないし見ちゃだめ!

 霊感があると、怖くないですか?
 そんな風に訊かれることがよくある。
 だけど子供の頃からずっとこの世のものならざる存在を目にし続けてきた俺には見えること自体が当たり前なので、今更「怖い」という感情は抱かない。

 もちろん血みどろの女だとか、下半身が潰れた男だとか、追いかけてくる四つん這いの子供なんかは怖いし、そういう手合いに遭ってしまった時は全力でスルーするか逃げる。

 だけどそういう「怖い」存在は、本当に少ない。ホラー映画の影響で「幽霊は怖い」というイメージが定着しているけれど、大抵の霊は「ただそこにいるだけ」で、殆ど無害なのだ。
 実際俺は霊感があるものの、人に語れるほど怖い思いをした経験はそんなにない。……それを言うと、夜城先生はがっかりするけれど。

 *

「幽霊なんて見えない方がいいに決まってますよ。害はなくてもいきなり現れるとビクッとするし」
 俺の大好きな夜城先生は、日頃から「俺にも霊感があれば」とボヤいている。怪談作家として話のネタを自分で生み出し続けるというのが彼の夢なのだ。
 普段は先生自身が考えた話や、俺の体験談や、ネタ提供者さんの実話怪談をアレンジしたりして執筆している。だけどやっぱり1から10まで自分のオリジナルを書きたいらしく、執筆に詰まった時などは「俺にも見えれば……」としょっちゅう溜息をついているのだ。

「もう白い服に長い髪の女幽霊は使いたくねえんだ」
「それに代わる怖い外見って、何かあるんですかねぇ。幽霊のイメージもやっぱ男より女性の方が強いし」
 ベッドの上でアイスを食べる俺と、デスクトップパソコンの前に座って唸る先生。先生の執筆が行き詰まった時は、こうして甘い物を食べながらオカルト話に熱中するのが俺達のお決まりの休み方だ。

「ううむ。黎人が見た中で一番怖かったのは……確か子供の霊だったな」
「………」
 思い出しても鳥肌が立つ。
 あれはまだ俺が中学生の時。寒い冬の日の夜、俺は自分の部屋で布団にくるまって寝ていた。
 急に脳が覚醒して金縛りが起きたが、いつものことだし金縛り自体は霊的なこととは関係ないことが多いので、別段怖くはなかった。
 横になって体を丸めていた俺の腹には、母ちゃんが用意してくれた湯たんぽがあった。冷えるとすぐに腹が痛くなる俺は、冬の夜は大抵湯たんぽを抱いて寝ていた。

 異変は金縛りの直後に起こった。抱いていた湯たんぽがモゾモゾと動いているのだ。
 寝ぼけていたせいもあって、俺は蠢く湯たんぽを腹にギュッと抱きしめた。手のひらに感じたのは湯たんぽを覆うタオル地の感触ではなく、もちっとした、……柔らかい肌だった。
 流石に不思議に思って掛け布団を捲ると、俺の腹にしがみついた赤ん坊が緑色の目を細めて笑っていた──。

「……あの時ほど自分の霊感を恨んだことはないです」
「その後はどうなったんだ。セオリー通りに気絶して、気付いたら朝、か?」
「いや、確かあの時は……慌てて布団を出て兄ちゃんの部屋に駆け込んで、兄ちゃんに見に行ってもらったら消えてました」
「それが夢でないという証拠はあるか」
「うーん、夢かもしれませんけど……。兄ちゃんが見に行った時、俺の布団の中が赤ん坊特有の乳臭い匂いがしたって言ってましたけど」
 兄ちゃんは俺と同じゲイなので乳臭さが分かるかどうか怪しいのだが、とにかく甘ったるいミルクの匂いがしたのは事実だ。
 それにあの手触り。俺だって夢と現実の区別くらいつく。

「そうか。兄ちゃんは元気か」
「なんか最近イケメンストリッパーにフラれたとか言って落ち込んでましたけど……まあ普段から常に元気な人ですよ」
 夜城先生が「ストリッパー……」と呟いて目を閉じた。
「先生、変なこと想像しないで下さいよ」
「見えないものが見える能力というのは、何も霊的なものに限ったことではないのかもしれねえ」
「え?」
「透視能力というものがあるだろう。嘘か本当かは置いておいて、伏せたカードの絵柄を当てたりする人間がいる」
 超能力の類は俺とはジャンルが違うためよく分からないけれど、質の良い手品だったとしてもそのタネが分からない限り信じるしかない、というのが俺の考えだ。

「霊感もいいが、透視能力もいいな」
「先生は何を透視したいんですか?」
 何気なく問うと、夜城先生がベッドに座っていた俺を見てニヤリと笑った。
「そこで股を開いてみろ。……脱がなくていいぞ、そのまま」
「変態チックだなぁ」
 ソーダのアイスキャンディを咥えたまま、俺は言われた通りに脚を開く。
「ううむ……今日の黎人のパンツは……ヒョウ柄のボクサータイプ」
「違いますけど、惜しいです」
 動物の柄なのは合っているが、今日穿いているのはヒョウ柄ではない。いつかの時に先生が買ってくれた、キャラクターっぽいクマの絵がプリントされているボクサーブリーフだ。
 先生が鋭い目をもっと鋭くさせて俺の股間を凝視する。それは普段の無気力な先生からは考えられない、めちゃくちゃ真剣な目付きだった。

「シマウマ柄か」
「いえ」
「じゃあ、トラ柄だ」
「違いますよ。ていうかもはやそれ、透視じゃなくてクイズじゃないですか」
「答えを言うなよ。俺が当てる」
 無気力なくせに負けず嫌いな先生が、椅子から降りてベッドの前に膝をついた。脚を開いた俺の股間をこれ以上ないほど真剣にガン見している。

「……な、何か恥ずかしいです。そんな間近に見られたら……」
「ううむ、パンツは見えねえが……その向こう側にあるモノは見えてきたぜ」
「え? それってどういう……」
「俺に見られて興奮してるか? 可愛いチンポが恥ずかしそうに上向いてるぞ」
「そそ、そんなことないですっ」
 先生に言われると何だか本当にその通りになっているような気がして恥ずかしい。先生の視線が俺のそこに集中していると考えるだけで、触れられてもいないのにむずむずして、もどかしくて……。

「せ、先生……。もう見るの止めて下さい、……もう、やだ……」
「服を着ているのに、か? そんなに嫌なら脚を閉じればいいだけの話だと思うが。それとも俺が実際にお前のチンポを見ていると思い込んでいるように、お前も実際に見られていると思い込んでいるのか? 思い込みの力というものはこういう時にも発揮されるんだな」
「ま、まま、またそういう難しい意地悪言って……!」
 分かっているのに脚を閉じられないのは、嫌なのにドキドキしてしまうからだ。いくら服を着ているからって、先生の前で大股開きをしているという事実だけで興奮してしまうからだ。

「また少しデカくなったな。先端から汁まで垂れてきてる」
「あ、う……見たら、だめです……!」
 アイスが溶けて、棒を持つ俺の指に冷たいソーダが垂れてくる。
「先生、見ないで……見ないで下さ、……」
「痛そうなくらい勃ってるじゃねえか。俺には見えるぜ、黎人」
「そ、そんなんなら……もう、直接っ……お願いします……!」
 耐えられなくてそう訴えると、先生の顔がいよいよ嬉しそうに歪んだ。
「それじゃあ透視の意味がないだろう」
「も、もう透視とかどうでもいいですらっ……。もう見ないで……直接、お願いっ……」
「見られたくねえのか、直接見て欲しいのか、どっちだ?」
「うぅ……」
 俺は片手でハーフパンツを中の下着ごとずらし、股を開いたまま先生の前に自分のペニスをさらけ出した。もう我慢の限界だった。先生が視姦するだけで手を出してこないにしても、パンツを穿いたままじゃ自慰もできない。

「俺が透視した通りになってるな」
「……ていうか、先生がそうなるように誘導したんでしょ」
 息が弾んで、頭の中がふわふわしてしまう。
 俺は溶け切ったアイスを逆さまにし、自分のそこへ向けた。ぽたぽたと垂れるアイスの液体が、上を向いた俺の先端に落ちて行く。
「エロいな」
「先生が熱くさせたせいです……」
 ペニスの曲線に沿って液体が垂れて行く。表面を滑る液体の感触すら気持ち良くて、俺は先生に見せつけるようにアイスをそこへ垂らし続けた。

「……黎人お前、完全にエロスイッチ入っただろ」
「入れたのは先生じゃないですか」
 今の俺は多分、興奮し過ぎて目の中にハートマークが浮かんでいる状態だろう。こんな風にしたのはもちろん先生だ。先生と出会う前の俺はごく普通のゲイの男子だったのに、先生のせいでこんなにエロくなってしまったのだから。
「先生。霊感とか透視とはまた違うけど、今なら読心術で俺が考えてること、分かるんじゃないですか?」
「アイスが勿体ねえ、とか?」
「惜しいです。でも、もうちょっと」
「……勿体ねえから舐めて欲しいって?」
「あ、うぅ……せんせ、はやく……はや、くっ……」
 ペニスの裏側を垂れてゆく液体を、先生の舌がすくうようにベロリと舐め上げる。我慢していたせいかたったそれだけの刺激で腰が痙攣し、嬉しくて目尻から涙が零れた。

「先生、もっと……もっと全部、舐めて……」
「甘いな、今日は一段と」
「は、あぁっ……! せんせ、凄いっ……!」
 しゃぶられている訳でも、吸われている訳でもない。ただ舌でゆっくりと舐められているだけだ。刺激としては軽いはずなのに、今までにないほど俺は興奮している。
「気持ちいぃっ……先生の、舌っ……あつくて、気持ちいっ……」
「黎人、ちょ、お前……」
「もっと舐めて、せんせ……やしろ先生っ……」
「お、おう」
 俺の高ぶりを理解したのか、先生が必死に舌を伸ばして俺のペニスを舐め続けてくれた。ゆっくりと、時に激しく、まるでアイスを舐めるみたいに……
「んっん、ぅ……あっ! せんせ、イくっ……! イきそうです、もっと……!」
「お?」
 先生が俺のペニスに垂れたアイスを綺麗に舐め取ったのと同時に、俺も限界に達してしまった。上向きになった先端からそのまま真上に向かって精液が迸る。シャツにかかってしまったが、それでも俺は満足だった……舐められるだけでイくなんて初めてだ。

「はぁ、はぁ……。先生、凄く良かった……」
「うむ、今日のパンツはクマだったか。……全然ヒョウ柄に近くねえじゃねえか」
 言いながら先生がジーンズのベルトを外す。
「あ、えっと、先生……」
「どうした」
「セックス、した訳じゃないのに……腰が砕けて……ごめんなさ……」
「……ううむ」
 訳が分からないほど高ぶってしまったせいで、結局俺だけ気持ち良くなってしまった。先生がベルトを元に戻すのを申し訳ない思いで見つつ、俺は呻くように呟く。

「ちょっと休憩して、その後で……」
「無理するな。俺はお前が復活するまで、より透視能力を鍛えておこう」
「……ぜひ」

 先生が「次」に何をするつもりかは分からないけれど……まあ、こういう方面で効果のある能力(思い込み)ならまあいいか、と思う俺なのだった。

 

 第2話・終

 

本編に全く関係ないイラストです('▽’)