Careful -2-

 翌週、打ち合わせ通りの動画撮影が事務所とは別のスタジオで行なわれた。
「縛りのとこから始めるぞ。雀夜はそこで座ってスタンバイ」
「ちょっと手首に食い込むんだけど……痛い」
 革の手枷で両手首の自由を封じられた桃陽は、そのままXの形をしたSM用の拘束台にはりつけにされ、黒革の首輪と目隠しまでされている。そういう趣向の店でなければできない、本格的なセットだ。
 ちなみにくだらないストーリーも一応あって、桃陽は新人の警察官、俺は悪の組織の親玉だ。俺達を捕まえにきた桃陽が逆に捕まり、……という何の捻りもない設定である。


「スタート」
 幸城の合図で、いかついサングラスを付けて顔を隠した黒服の男達が桃陽の体を弄り始めた。俺はその正面の椅子に座り、脚を組んでそれを眺めている。
 流れとしては磔にされた桃陽を存分に愛撫してから、拘束台の後ろにあるマットレスで今度は桃陽に黒服達のそれを奉仕させ、そのまま黒服の内の二人が順番に挿入し、最終的には俺が一発打ち、精液塗れの桃陽を映して終わる。この一本での俺の役割は最後の挿入だけだ。休憩を入れた後、今度は俺と桃陽二人でのシーンを撮る。


「………」
「ん、んん……ぅ、や……」
 桃陽が身を捩ると、手枷の鎖が音をたてた。借り物の衣装である警官の制服が脱がされ、はだけたシャツから桃陽の乳首が露出する。
「手荒に扱ってやれよ、その方が好きみてえだからな」
 俺の台詞を受けた黒服の一人が、桃陽の乳首にむしゃぶりついた。
「あぁっ……! 何、すんだよっ……やめろ……!」
 視界を奪われているためか衝撃が予想できず、桃陽は大袈裟なほど体を捩って喘いでいる。なるべく新鮮な反応を撮るという理由で、桃陽は細かい流れを知らされていないのだ。


「は、ぁ……、い、嫌だ、ぁっ……」
「感じてんだろうが、クソガキが。涎垂れてんぞ」
 黒服の存在はあくまでも演出の内の一つだから、一切喋らず与えられた役割を演じている。この場に投げられるのは桃陽の喘ぎ声と呻き声、そして俺の台詞だけだ。
 両の乳首を激しく嬲られて喘ぐ桃陽は美しかった。これが様式美と言うものだろうか、どこか芸術性さえ感じられるその艶めかしい姿に、俺自身も密かな反応をし始める。
「感じ、て……ねぇっ……」
 着慣れないスーツが窮屈で鬱陶しい。今すぐ目の前の男を犯したいのに、それが出来ない歯痒さ、もどかしさ。革の目隠しをされたまま天を仰ぐ桃陽が一体どんな表情をしているのか──知りたくて、体が疼く。
「はっ、あ……! あぁっ……」

 きっと、この動画を見る男達も今の俺と同じ気持ちになるのだろう。
「下も良くしてやれよ」
「いっ──嫌だ、やめろっ、……や、……」
 乱暴に脱がされたズボンと下着が床に落とされる。


「………」
 かろうじてシャツを羽織っただけの桃陽のそれは萎えていた。セックスに貪欲な桃陽が丹念に乳首を愛撫されて反応しないなんて、予想外のことだった。
 段取りが分からなくて怯えているのか。それとも、そこまで自分の役柄に没頭しているのか。
 俺の中の昂りが一気に冷めてゆくのを感じた。代わりに、違う感情が湧き上がってくる。
「んやっ、やだ……触んな、あぁっ」
 四人の黒服達が桃陽の肌を愛撫する。脇腹に這う舌、萎えたそれを揉みしだく手、乳首に被せられる唇──。何をされても、桃陽のそれは力無く揺れているだけだ。


「………」
 カメラが桃陽に集中している間に、俺は幸城へと視線を送った。
 俺が出て行ってもいいか。その視線を受けた幸城が「待て」の合図を送り返す。
「ひっ、う……ぅ、もう、やめ……」
 泣き声混じりの声に思わず唾を飲み下してしまった。胸がざわつく。胃の中がムカムカして、頭に血が昇りそうになる。
 こんな気持ちになるのは初めてだった。
 ……いや、違う。
 俺はこの感覚を知っている。

「うー、結構ハードでしたなぁ」
「桃ちゃんお疲れ様。シャワー浴びたら僕のとこ来てね。雀夜も」
 ヘアメイク担当の浩司からタオルを差し出され、シャワー室に桃陽と二人で入る。
「目隠しされてて雀夜のこと見えなかったから、あんまり興奮しなかったよ。誰が何をしてるか分かんないし、俺SM向いてないかも」
 シャンプーで頭を洗いながらそうこぼした桃陽に、俺も体を洗いながら答える。
「ゴーグルの奴らが下手だっただけだ。間に合わせで募集した連中だろ」
「でも、良い人達だった。ガムくれたし」
「知らねえ奴から食いモンを貰うな」
「それにさ。どんなに陵辱的なことされても、雀夜がいるから全然怖くなかったよ」
「………」
 笑う桃陽が湯気に包み込まれてゆく。
 俺はその笑顔と言葉に、七年前のあの日のことを思い出していた。

 朔哉サクヤ──。

 呼ばれて意識を取り戻す。
 視界に広がる青空は眩しく、太陽は青痣が残った俺の目を容赦なく照らしている。ここが屋上であることに気付き、俺は倒れていた体をゆっくりと起こした。
「大丈夫か、朔哉。生きてたか」
「………」
「全く……。やり返せよ、あんな奴らお前の敵じゃねえだろ」
 窮屈な制服。見れば傍らには篤人アツトがいた。かがみ込んで呆れた顔をしているこの男は、俺がこの学校に転校した初日に声をかけてきたクラスメイトだ。


「勝てる自信ねえから、人数集めて来るんだよ。だせえ奴ら」
 体がデカく目付きが悪いというだけで転校初日から不良連中に目を付けられていたらしいが、最近では俺がやり返さないからか堂々と絡んでくるようになっていた。連中にとって特に理由などない。ただ生意気な顔の転校生というのは気に入らないモノなのだ。
「一発殴ってやれば黙るんだからさ。このままだと奴ら、つけ上がる一方だぜ」
 篤人はクラスでも好かれている方で、性格も明るく友人が多い。俺とつるんでいることで不良連中から一時は目を付けられていたが、あまりに無害な性格だからか暴力までは振るわれていないらしかった。


「朔哉って、喧嘩したことねえの?」
「くだらねえだろ、そんなモン」
「一方的に殴られる方がくだらねえよ。せっかくの男前が勿体ない」
「うるせえな」
 篤人が俺と親しくするのは、転校生への単なる同情ではない。
 篤人は俺と「同じ」だった。──即ち篤人も、男にしか興味を持てない男だったのだ。